ヒトの非価格競争力その1『わが店を愛する』
なりわい経営、小の経営のヒトの要素が大きいのは間違いありません。規模が小さいだけに経営者とその家族の人柄が前面に出ざるを得なくなり、店や工場の特徴を決定づけることになるからです。ヒトの要素の大事さを表すのに取材のなかでこんな話がありました。
人口6万人強の小さな町の駅の裏通りのお風呂屋さんはしっかりと街に溶け込んで頑張っています。ここでは今でこそ多くの同業者が使いだしている軟水化装置を早くから使ったり、廃油を利用できる設備にしたりなどモノについてはさまざまな研究をしてきました。しかしこういうアイデアや工夫は先行者利得はあってもすぐに競争集団に追いつかれてしまいます。しかし絶対に集団に巻き込まれず、それどころか時間がたつほど競争優位を拡大できる方法があるのです。それはクリーンネス、掃除です。客商売で掃除は恐ろしいもので日々の積み重ねが必ず差になって出るものです。普段はきれいにしているつもりでも一回汚れたところが客の目にはいったら、これまでの積み重ねはパーになります。つまり地道に積み重ねたこの印象の差は、なかなか追いつけるものにはならないのです。
この風呂屋さんでは営業が終わった夜中3時ごろから毎日納得するまで自分で風呂の隅々まで手で磨き、掃除します。このことは創業して40年欠かしたことがありません。この店を愛する強い気持ちが優れた非価格競争力となって営業を支えているのです。この間スーパー銭湯が近所にできましたが、その影響も1年で乗り越え売上を回復し逆に増やしています。今でこそクリーンネス意識はかなり高まりましたが、ほとんどのチェーン店にはそれは不可能です。せいぜい月何回かの業者への注文です。なりわい経営はこの風呂屋さんのように自分の愛情をいくらでも店につぎ込めるのが強みです。
昔、ミスタードーナツの1号店(大阪箕面市)がはやっているのに閉店したことがありました。それは店の掃除への従業員の意識が追いつかないことが理由でした。もちろんミスタードーナツはダスキンの子会社だということもありますが、チェーン展開でも掃除はそれほど大きな競争力になるわけです。小さなことのようですが店のつくりや飾り付けに愛情と気配りがあふれ、お客さんがほっとする空間であることがなりわい経営の出発点だと思います。