「ふるさとの家」をきっかけにした個性の発見
栄村は、長野県と新潟県の県境に接し、千曲川が信濃川に変わる山村です。日本有数の豪雪地帯に2500人近くの住民が生活しています。高齢化率が40%に達する村でもあります。この村も、1988年に高橋彦芳村政が誕生するまでは、他の市町村と同じように国や県のいうとおりの農政や企業誘致政策を行っていました。しかし、それによって、村は活性化することはなく、誘致企業は撤退し、過疎化と高齢化が進行し、村民は雪のなかで暗い気持ちで冬を過ごしていました。
そのようななかで高橋村長は、個性を大切にした政策を展開していきます。それは、栄村の個性を知ることであり、住民一人ひとりの個性を大切にすることを意味します。
その出発点となったのが、連載第2回でも紹介した「ふるさとの家」です。廃屋になった農家を活用して、都会の人々を迎えて、そこで村の人たちと交流する試みです。この「心の交流」を通して、「何もない村」と思っていた自分たちの村が、都会の人々からすると多くのすばらしい「宝物」に恵まれていることを知るようになります。その典型が「ねこつぐら」でした。「つぐら」は、藁で作られた容器であり、かつては子どもや御櫃などを入れていた生活用品でしたが、今ではほとんど使われなくなっています。
この「ふるさとの家」の片隅に古い「ねこつぐら」を見つけた都会の住人が、飼い猫のために「是非これを売ってほしい」と申し出たことをきっかけにして、特産品「ねこつぐら」が生まれることになります。村人のなかでは、「つぐら」は古くて時代遅れのものでしたが、都会の人からみるとプラスチックの容器にはない自然の風合いが楽しめる素敵な商品に見えたのでした。「つぐら」を作ることが、都会の人々に喜ばれ、しかも1万円前後の値段で売れることから、「つぐら」を製作できる高齢者はとても元気になっていきます。もっとも、製作者の違いによって品質がばらばらになってはいけないので、同じような藁細工である「猫ちぐら」を特産品としていた新潟県の関川村にわざわざ研修に出かけ、売れる製品をつくる努力も怠りませんでした。
「ねこつぐら」だけでなく、採れたての野菜や山菜の美味しさを味わってもらい、その感想を直接聞くなかで、村人たちは自分たちの生産物や生活、そして栄村のすばらしさに自信と誇りをもっていきました。地域の個性と、それを支えてきた生活や生産活動の個性を発見するということは、実は、住民が自分自身の存在価値を再発見することでもあるのです。そのなかで生きがいを感じ、生き生きと輝く人生を送ることができるようになります。これは、果たして栄村でしかできない「例外」的なことでしょうか。私は、どの地域、どの経営体や組織にも応用できる普遍的なことではないかと思います。
次回・・・自治体の公共事業を住民のものに
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